HARA KENSUKE

原くん

2016年12月19日

 

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46歳のこのボクの事を

『原くん』呼ぶ人がいます。

 

上野の下町のビルの谷間に建つ築60年以上の立派な日本家屋に住み、生まれてこのかた和服しか着た事の無いと言う90歳になる粋な女性です。

 

ボクが修行をしていた小林鍼灸治療院に患者さんとして来院されていた頃からのお付き合いなので、かれこれ20年以上のお付き合いになります。

 

当時、ボクが身の回りの世話をしてあげたり、マッサージをしてあげたりしていた事もあって、とても可愛がってもらいました。

 

修行時代のボクが、収入が乏しく、厳しくされていたのを感じてくださっていて、

帰り際に“辛抱して頑張るんだよ”とお小遣いを握らせてくれたり、

いい歳してお年玉をもらったりして、いつもボクを応援してくれていました。

 

そんな心遣いが、毎日が辛かったボクにとってどれだけ励みになった事か。

 

師匠が7年程前に一線を退き、東京の治療院を閉めるタイミングでボクは青葉台に前のハラハリを開業させたわけですが、

同居している娘さんからすぐに連絡があり、お母さんの治療をボクに引き継いでもらえないかとお願いされました。

 

ただ、横浜青葉台までは遠くて連れて行けないので、どうにか往診に来てくれないかと言う申し出でした。

(今はほぼ車椅子生活で、1日の殆どをベッドの上で過ごしています。)

 

ボクで良ければ喜んで!

 

これはもう二度返事で行くしかありません。

 

 

それ以来8年間、月に2度のペースで上野まで往診に行っています。

 

修行時代から通算すると、15年以上治療している事になります。

 

治療と言っても、どこか痛い所があるわけではありません。

選手のコンディショニングと同じように全身の調子を整える鍼治療です。

 

 

今年の10月に治療に伺った日がたまたまボクの誕生日で、

その方がいつもの如く

原くん、いつもありがとうね。

と言うので、

 

『セツコさん。原くん、原くんて言いますけど、ボク今日で46歳ですからね。すっかりオジサンですよ。オジサン。』と笑って言うと、

 

あらまー、もうそんなお歳に⁈いつまでも若いつもりでいたわ。先生に“くん”だなんて失礼でしたね。

 

『そーですよー。セツコさんに出会った頃は確かにボクも25歳の青年でしたからね。今や3児の父ですし、立派な中年ですよ。セツコさんだってその頃は60代の“おばさん”でしたからー。』

 

あらヤダー。そうよねー、こっちはすっかりお婆ちゃんですもんね。

 

『10年後もずっと“原くん”て呼んでくださいよ。』

 

って、娘さんと3人で大笑いしました。

 

 

原くんの元気な顔を見て、原くんに“大丈夫ですよ”って言われるのが母は一番の薬なのよ、って娘さんが言ってくれます。

 

今日の往診の帰り際、

 

原くんのお陰で今年もなんとか年が越せそうだわ。ありがとうね。また来年もよろしくね。

と、少し震えた声でベッドの上から声を掛けてくれました。

 

ボクをこうやって求めてくれる人が一人でもいる限り精一杯出来る事をやりたいと思います。

大切にしなきゃね。

 

この往診(訪問)は、最後の最後まで全うしようと心に誓った日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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